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Paula lives in the vortex of academic life. She studies medieval Japanese history.

唐子の蝶々遊び (Chinese child playing with butterflies )

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Title:

唐子の蝶々遊び (karako no chōchō asobi)
karako (Chinese child) playing with butterflies

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This top depicts a karako (Chinese child, or a child dressed in a Chinese fashion) dancing with butterflies. In Japan, these figures are said to be messengers for the God of Luck, sent to do his bidding. They are thought to be good omens.

kochonomai
kochō no mai 胡蝶楽〈舞楽図譜 宮内庁書陵部蔵〉

The image of a Chinese child with butterflies also extends to ancient Japan, when there was a tradition of kochō no mai 胡蝶の舞 (butterfly dance) inherited from China. As a part of gagaku 雅楽 court music performance, four young boys would dress as butterflies, attaching yellow wings to their outfits, and perform dances for the imperial court.

Below, you’ll find a video of Hiroi-sensei explaining the top, along with transcripts of his explanation.

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Hiroi Michiaki:   This is, um, “A karako (Chinese child) playing with butterflies.” A karako is… [literally] a Chinese child [a child dressed in a Chinese fashion], but in Japan they’re said to be the messengers of the God of Luck. The God of Luck orders them to go do something, “Go here, go there.” And when he requests many things, it is said that this karako goes about taking care of it. They’re good omens. This, if you spin it, the butterflies look like they’re fluttering and fluttering, flying about.

Paula Curtis:      Um, in ancient times there was also a “butterfly dance,” right?

HM:   Mm. Ahhhh [yes].

 PC:   From China.

HM:  Yes, there is. They move around with the same feeling as that.

Janell Landis:     Looks like butterflies flying.

HM:       Yeah.

JL:           Uh huh.

HM:       If you spin it here a little, [it looks that way] because [the butterflies] clatter about.

JL:           Right.

HM:  The butterflies look like they’re fluttering flying about. This is the “Chinese child (karako) playing with butterflies”…

 

唐子の蝶々遊び

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タイトル:

唐子の蝶々遊び (karako no chōchō asobi)
karako (Chinese child) playing with butterflies

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蝶々と戯れる唐子(中国の子ども、または中国服をまとった子)をモチーフにした作品。日本で唐子は、福の神に言いつけられた用事をこなす、福の神の遣いであると言われている。唐子は縁起が良いとされている。

胡蝶楽〈舞楽図譜 宮内庁書陵部蔵〉
胡蝶楽〈舞楽図譜 宮内庁書陵部蔵〉

唐子と蝶々のモチーフ は、中国から伝わった胡蝶の舞の伝統があった頃、 古来の日本にまで さかのぼることができる。朝廷舞楽である雅楽の一部として、4人の若者が黄色い羽の付いた蝶々の衣装をまとい、朝廷のため踊りを披露した。

廣井先生が独楽について説明されている際の映像と、インタビュー記録はこのキャプションの下にあります。

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廣井道顕:  これは、あのう唐子の蝶々遊び。唐子って中国の子供のことなんだけど日本では福の神の御遣いって言われているのね。福の神がこの唐子に何か用を言いつけて「あっち行け、こっち行け」って。色々と頼みごとすると、この唐子が色々と用を足してくれていたっていう謂れのある。縁起のいいものなんですけど。これが、回すとね、蝶々がひらひらひらひら飛んでるように見える。

ポーラ・カーティス:            あのう、昔々は牒の踊りがありましたね。

廣井:  うん。あぁぁぁ。

ポーラ:  中国からの。

廣井:  ありますね。それと同じような感じで動くのね。

ジャネル・ランディ:    Looks like butterflies flying.

廣井:   うん。

ジャネル:        Uh huh.

廣井:                   ちょっとこう回すと、ガタガタするからね。

ジャネル:    ね。

廣井:  蝶々がひらひら飛んでいるように見える。これは唐子の蝶々遊びだし・・・

ジャネル宣教師になる

アメリカでの仕事に満足できず、ジャネルは日本で短期間  宣教師として活動することを決めた。宣教師になることを決断したときの話、日本への渡航の話、そして日本の仙台に降り立ってからのジャネルの体験に耳を傾けてほしい。

テーマを明確にするためオリジナルのインタビューを少し編集したクリップとなります。このクリップを文字に起こしたファイルはこのページの下にあります。ジャネルのインタビュー全文はこちらにあります [ 準備中  ]。

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マリナ: どうして日本に行こうと決めたのですか。

ジャネル: オハイオ州 トレドで集会に参加したら日本での活動の責任者がいたの―、実際には東洋圏全体のだったかしら、当時は中国もだったから。彼はとても熱心なプレゼンテーションをしてくれて私は本当に心動かされた、それで考えたの、短期で3年間、日本に先生として滞在できるプログラムがあったなって。だから、自分から志願して役員会へ申し出たら私を承認してくれたのよ。そして1953年の3月、私はサンフランシスコから横浜へ行く船で日本に向かっていたの。楽しい旅だったわ。

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14日間の船旅だった。でも到着したら私は4月から学校で仕事を始めることができた。日本で、学校は4月始まりで3月終わりなの。それからすぐに第二言語の英語を、中学生、高校生、大学生の女学生たちに教える仕事を始めたわ。そして、そうね、いい教材がなかったし、経験も全然なかったけれど私は愛情をもって仕事をしたし周りもそうだったから、始めて6ヶ月でこれを自分の仕事にしようと決めたわ。宣教師派遣委員会もそれを認めてくれた。そして次の年の1954年から1956年まで私は東京にいてアメリカ人や他の外国人向けの学校で日本語を習っていたのよ。

Pat Landis, Ruth Alice Steele, and Janell circa 1950.

マリナ: 日本に行くことについてご家族から強い反対はありましたか。

ジャネル: 母はいつでも私を応援してくれた。しばらく日本で生活した後、それで、そうね、父は病気を患って回復していたところで、私も回復していたところだったの、病気から。でも、日本に戻ろうと思った。あぁ、私は病気じゃなく怪我か何かしたんだったわ、とにかく父は私とテーブルに着いているときに言ったの『お前は素晴らしいことをしているよ』とか色々。でも、日本で仕事を始めた頃にはそんな風に思ってくれてるとは思わなかった。私が休暇で帰国すると父はいつも『でも、こっちでも働けるだろう』って言っていたのよ。でも母は一度もそういうことは言わなかった。母はいつも手紙で絶えず故郷とのつながりを作ってくれたし。だから、一度も後悔しなかったわね、それに、率直な意見は受け入れるわ。父は気に入らなかったみたい、家族と一緒にいたいと思う人だったから。

マリナ: 日本のどこに派遣されるのかはすでに決められていたんですか?なぜ仙台が選ばれたんでしょうか。

ジャネル: そうね、歴史的な理由があったの。当時の日本は、戦争の前ね、長老派教会の人が長老派教会の地域に行くのが典型だったわ。それと、日本のプロテスタント主義の歴史は教会がかなり賢かったという事実を示していることが興味深いわね。仙台は改革派の人たち、つまりドイツ改革派の人たちの、布教活動の中心地だった。私が仙台に行ったときには、故郷のアメリカで以前自分と繋がりのあった場所に行くことをまだ認めていたの。アメリカで私はドイツ改革派教会の出だったから。それで私は改革派教会の宣教師たちが1850年に創設した学校へ行くことになったのよ。

ハリスバーグ出身の男性が仙台に来て、日本人のキリスト教信者と男子校を設立して、それから牧師を輩出するには、未来の妻が必要があることに気づいて、その年の秋に女子高も始めたの。彼はハリスバーグ地域から二人の若い女性を連れてきた。私は福音改革派※との繋がりがあったことでそこの学校へ行くことになった。でも、それは一時的で・・・その日本での何年かは、えっと、宣教師の派遣はね・・・故郷の教会や、自分の経歴に関連のある学校へ宣教師を派遣することはしていなかった。だから、後にメソジスト教会信者やほかの教会の人たちが来てうちの学校で教え始めたけど、運のいいことに私たち他の教会の者でも学校の創設に歴史的なつながりのある者なら受け入れるというときに私は宮城に来ることができたの。

※E&R: Evangelical and Reformed Church

でも、うん、それは素晴らしところでね、仙台は人口30万ほどの都市だった。でも、繁華街に行けば、知り合いに会うことのできるようなそんな都市でね。それに、たくさんお店があって、そこの人たちは教育を受けさせるために自分の娘を宮城に行かせてた。だから私が入ると店の人が『おぉー!うちの娘の先生だ!』って。『娘の先生』は時々おまけしてもらえたりするのよ。ふふふ。でも本当に素敵なところだったけど、今では100万もの人がいる都市になったわ。そして私は2006年にあの場所に戻ったけど今住んでいなくて良かったと思う。

マリナ: 着いたときにはおいくつでしたか。

ジャネル: 日本に?私は27歳だったわ。8月28日に28歳の誕生日をお寺の墓地でピクニックしてお祝いしたのを覚えているわ。あははは。。 1日に生まれていたらできないお祝いよ、あはは、1日だったら1歳でやらないとだもの、でもこの28歳の8月28日を日本で迎えたのよ。

Photograph of San Francisco, California via Wikimedia Commons. Photograph of Janell and friends circa 1950 and young Janell in traditional Japanese clothing via Janell Landis.

Updates – アップデートのお知らせ

This week we have a small update to our content. Five new top images have been added to the “Collection” section of the site. Next week we will feature a new post about Janell’s decision to become a missionary to Japan. In the weeks following, we will begin to post about Hiroi-sensei’s early life. Thank you for all your support!

今週もコンテンツをアップデートしたいと思います。新しい独楽の写真を5つ『コレクション』の中に加えました。来週は、ジャネルが宣教師になり日本へ赴く決断をしたときのお話を特集します。その翌週には、廣井先生の幼少時代について記事を投稿します。私たちの活動を応援していただきありがとうございます!

雀のお宿 “sparrow’s nest”

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Title: 

雀のお宿 (suzume no oyado)
sparrow’s nest

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This top depicts a sparrow’s nest. According to Hiroi-sensei, sparrows are said to make their homes in bamboo groves. Here we see a stalk of bamboo and a gourd. The sparrow has opened a hole in the gourd to make a nest and pokes his head out from inside.

Below, you’ll find a video of Hiroi-sensei explaining the top, along with transcripts of his explanation.

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Hiroi Michiaki:  And… This is, ahh—the dwelling of the sparrow. Umm, I’m not sure why, but umm, in bamboo groves there are many sparrow nests, um, this gourd, when it hangs down like this, they open a hole in it, and then the sparrow sets up a nest in there. I don’t know how it is in reality, though. (laughs) And that’s the sparrow’s dwelling.

Mrs. Hiroi:   From that hole there, [the sparrow’s] mouth pops out, going pi pi pi.

 

雀のお宿

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タイトル:

雀のお宿 (suzume no oyado)
sparrow’s nest

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雀のお宿を表現した独楽である。廣井先生のお話では、雀はよく竹林に巣を作ると言われている。写真には竹とひょうたんが写っている。雀はひょうたんに穴を開けて巣を作り、ひょうたんの中から ひょっこり顔を出している。

廣井先生が独楽について説明されている際の映像と、インタビュー記録はこのキャプションの下にあります。

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廣井道顕:  んでー・・・、これは、あぁ、雀のお宿ってね。あの、なぜか知らないけど、雀あの、竹やぶに居、多くて、あのこの瓢箪、こうぶら下がってっと、そこに穴を開けて、すっとそこへ雀が巣をくむ。実際はどうだか分かんないけど。で、それで雀のお宿ね。

廣井夫人:   そこの穴っこから、く、口出すの、こう「ピピピ」って

 

提灯鳴り独楽 “paper lantern howling top”

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Title: 

提灯鳴り独楽 (chōchin nari goma)
paper lantern howling top

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This top is in the shape of a paper lantern. It is a special type of top called nari goma 鳴り独楽, or a “howling top.”

The hole in the side allows air inside, so when it is spun it makes a whistling noise. Click here to see a video of a nari goma being spun.

Below, you’ll find a video of Hiroi-sensei explaining the top, along with transcripts of his explanation.

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Hiroi Michiaki:              This is narigoma (howling top), and it’s one where if you spin it, a sound like boouuu comes out. This is one type of howling top– there are many, but this is one, and this is a paper lantern narigoma. It’s a narigoma in the shape of a paper lantern.

Janell Landis:                 Shaped like a lantern.

提灯鳴り独楽

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Title: 

提灯鳴り独楽 (chōchin nari goma)
paper lantern howling top

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この独楽は提灯の形をしている。特殊な種類の「鳴り独楽」と呼ばれる独楽である。独楽の側面に開いている穴から空気が入るので、独楽を回すと、ヒューという音を出す。鳴り独楽を回した時の映像はこちらのリンクから。

廣井先生が独楽について説明されている際の映像と、インタビュー記録はこのキャプションの下にあります。

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廣井道顕:   これは鳴り独楽で、回すと音がぼおおと出るやつの、その中の一種類で、何か種類かあるんですけど、その中の一種類で、これは提灯鳴り独楽だな。提灯の形をした鳴り独楽だ。

ジャネル・ランディス:   Shaped like a lantern.

 

 

学校でのジャネル

ジャネルは日本へ発つ前に中西部にある二つの教育機関で豊かな教育を受けた。ハイデルバーグ・カレッジ(現在のハイデルバーグ大学)とセント・ルイス近くのイーデン神学校(イーデン・セオロジカル・セミナリー)でジャネルが過ごしていた頃の話を、宗教教育を学ぼうと決めた理由と併せて聴いてもらいたい。

テーマを明確にするためオリジナルのインタビューを少し編集したクリップとなります。このクリップを文字に起こしたファイルはこのページの下にあります。ジャネルのインタビュー全文はこちらにあります [ 準備中  ]。

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マリナ・スーティ: どちらの大学へ進学しましたか?

ジャネル・ランディス: オハイオ州ティフィンにある大学、ハイデルバーグ・カレッジに通っていたわ、今のハイデルバーグ大学ね。1948年に卒業して… いえ、高校にいたのが1944年までだったから大学卒業が1948年ね。そうだわ。それから、ミズーリ州ウェブスター・グローブスにある神学校に行ったの。イーデン神学校に2年いたわ。

マリナ: なぜ神学校へ行こうと決めたんですか?

ジャネル

ジャネル: 若い頃には自分が何をしたいのか判らなくてね。物まねするのも、演技をするのも、歌うのも好きだった、それでも自分がこれからどうなるのか判らなかった。でも牧師様がキリスト教教育の道へ導いてくださったからハイデルバーグではキリスト教教育を専攻にして、副専攻で社会学と心理学を取ることにしたの。でも私が卒業するとき牧師様にもう2年神学校に通って訓練を受けるように勧められたの、より訓練を積めば私が自分の仕事に満足できるようになるだろうと思ってのことでね。私の家からはランカスター神学校の方が近かったけれど、イーデンのようなプログラムがそこにはなかったの。イーデンはキリスト教教育を専攻としてる人向けのプログラムに歴史があったけれどランカスター神学校はプログラムを始めたばかりだったから、セント・ルイス郊外まで長いバス通学をしてイーデンまで通ったわ。それで、イーデンに2年通って、ティフィンに戻って教会で2年仕事をしたけれど、自分に運営管理は向いていないと判ったの。自分自身で直接何かする方が好きだったのね。あはは。ほかの人に「この授業を担当していただけますか、これくらいの期間なんですが」とか訊くのになかなか苦労してね。とにかく、牧師様の丁寧な指導のおかげで私は神学校へ行ったの、牧師様がそうしてくださって本当に良かった。

マリナ: もう一つ伺いたいと思っていたことがあるんです。神学校に通っていたとき、あなた以外に女学生はたくさんいましたか?

ジャネル: えぇ。牧師になるための3年制の課程を取っていた女性が二人いたわね。私がいた2年制課程は男女ともにキリスト教教育の責任者としてキリスト教教育機関に就くことを目的としたものだった、ほら、教会役員としてね。 でも、聖職位は授与されなかった、私はされなかったけど…二~三人授与されてたわね。一人中国出身の女性がいたわ。それで、その中国人女性はキリスト教教育課程在籍で、もう一人私の同級生のお母さんが在籍していて、そのお母さんも同じ課程にいたわ。男女とも牧師や説教師になる人たちが同じ授業を一緒に取っていたから面白い経験だったと思うわ。でも私たちにはキリスト教教育に関連した特別授業もあったの。

Photograph of Founder’s Hall at Heidelberg University via Wikimedia Commons. Photograph of young Janell via Janell Landis.

追かけ独楽 “chasing top”

Title:

追かけ独楽 (oikake koma)
“chasing top”

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The top depicted here is an oikake koma, or “chasing top.” It is designed to have a large, central spinning top around which two discs rotate. The discs are very lightweight and appear to chase one another, sometimes one leaping over the other as they spin. Hiroi-sensei explained that although the traditional “the tortoise and hare” stories are often seen on this type of top, before that, the imagery of a robber being chased by a dog was used, which he has painted here. In the video clip, he tells us about the Japanese image of a robber with a tennugui (a type of cloth) tied around his head.

Below, you’ll find a video of Hiroi-sensei explaining the top in Japanese, along with transcripts of the clip:

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Hiroi Michiaki:     Number two, this is…

Mrs. Hiroi:                 Chasing…

HM:                 The thief and the robber, yes.

MH:                 Yeah, that’s right.

HM:                 That chasing top you saw before that, um, spun around, that was the hare and the tortoise.

MH:                 That was the hare and the tortoise this time. But before, it was the thief and the robber.

HM:                 This, the dog pursues the robber, and the dog overtakes him.

Janell Landis:        Sensei, Japanese robbers take the tennugui, and do this…

HM:              Ah. That’s right, that’s right.

JL:                   They do this, that’s drawn there and it’s cute.

HM:                 A thief’s head-covering, a tennugui doing this…

JL:                   They hide the face.

MH:                 Right.

HM:                 We don’t have a tennugui here do we.

MH:                 Don’t we? A red one.

JL:                   That’s alright. It’s… oh. We received tennugui from the hotel.

HM:                 Like this. The thief, for some reason, [ties it] like this, and does it in this way. (ties tenugui) And ties it here under the nose.

JL:                 (laughs)

HM:                 Like this and like this. He does this and enters. And, um he puts the thing he swiped [on his shoulder] like this, and when he runs away the dog barks “Woof woof woof woof!” and when the dog chases him, he panics and runs away, but the dog gets ahead of him.

JL:                   His tale in Japanese. Robbery.

HM:                 It’s that sort of, um, playful feeling. The dog overtakes him and everyone claps and is happy [about it]. That sort of thing.