プロジェクトについて

2013年4月、テネシー州プレザント・ヒルに住むジャネル・ランディスの友人、ジェーン・ヘラルドは日本のアートについてGoogleで検索した。たまたま見つけたのが、ミシガン大学の大学院博士課程に在籍し中世日本の職人の歴史について研究している学生、ポーラ・カーティスが運営するブログ ”What can I do with a B.A. in Japanese Studies? (日本研究の学位があると何ができますか?)”※だった。「日本の江戸独楽のコレクションを安心して預けられる場所を探すのを手伝ってくれないかしら?」ジェーンからの最初のメールだった。

江戸独楽. Photo by ariTV
江戸独楽. Photo by ariTV

ジェーンの隣人であり友人でもあるジャネル (88歳)が日本の宮城県仙台市にある宮城学院女子大学で(1953年から)30年以上教師をしていたこと、その間に江戸独楽を専門とする工芸職人、廣井道顕氏に弟子入りしていたことをジェーンは説明した。江戸独楽は独特な様式の伝統的な木製の独楽で、日本で歴史が長い。 ジャネルは日本で生活していた歳月の中で廣井氏の作品である独楽を100個以上も集めていた、どこか独楽を寄贈できる博物館を見つけたいと思っていたのだが、どこも見つからない。『どこかジャネルのコレクションを引き取ってくれる博物館を紹介してくれないかしら?それか、何かほかにできることがあれば教えてくれない?こんなに綺麗なものを物置に押し込むようなことしたくないのよ』

その意見に賛同したポーラは、何人か知り合いにあたってみたが、独楽の寄贈を受け入れてくれる博物館を探すのは骨が折れるかもしれないと気がかりであった。そこでポーラはパブリック・ヒストリー※研究者マリナ・ローズ・スーティに連絡を取り、口述歴史記録プロジェクトとして、珍しい例であるジャネルとコレクションの経緯について取り上げ、見込みのありそうな博物館に独楽の受け入れを働きかけることができないか話し合った。2013年10月、ポーラとマリナはプレザント・ヒルにあるジャネルの家に招かれ、3日間にわたりジャネルにインタビューし、美しい独楽のコレクションを見せてもらった。

ジャネルは日本にいる友人に会い、宮城学院でのホームカミングデー※に参加するため、最後にもう一度だけ日本に行くことを決めていたが、その際ポーラとマリナも一緒に来ないかと提案してきた、廣井氏に直接インタビューし、コレクションの作品個々にまつわる話も聴くことができるから、と。数か月 資金調達に奔走し、キックスターターでのキャンペーンを成功させたポーラとマリナは、ミシガン大学日本研究センターの協力とキックスターター寄付者からの支援で2014年5月に1週間、ジャネルと共に日本の東北地方を訪れた。廣井氏の自宅がある秋保(あきう)工芸の里を訪ね、その熟練の業を目の当たりにした。2014年8月、ジャネルはフロリダ州デルレイ・ビーチへ向かい、モリカミ博物館・日本庭園へ足を運ぶ。コレクションの寄贈を受け入れてくれた博物館だった。

ジャネルの独楽を寄付できる場所を見つけることが目的のプロジェクトだったが、ジャネルと廣井氏の物語を世界中のより多くの人と分かち合うという潜在的な目標に辿り着き Carving Community: The Landis-Hiroi Collection(カービング・コミュニティ、ランディス-廣井コレクション)アーカイブが生まれた。ジャネル・ランディスの弟子入りやコレクションの歴史と結びついた非常にたぐい稀な文化交流の経緯を語り継ぐことで、遠く離れたコミュニティ同士の友情と理解の精神を伝えることになる。ジャネルは廣井氏の唯一の外国人の弟子であり唯一の女性の弟子でもあった(ほとんどの工芸職人、とりわけ木工品の職人の世界は、長いこと男性社会であった)ジャネルが弟子入りしている間、廣井氏はジャネルの生まれ育った場所と新しい故郷である日本の芸術・文化を、日本の伝統工芸を通して表現できるようにと、アメリカの民俗文化や伝承をテーマにした独楽も作ってみるよう勧めた。廣井氏の作品を博物館で見たいというジャネルの切なる願いは、師匠への尊敬の念と廣井氏に指導を受けた年月に対する思い入れからくるものであるのと同時に日本の芸術の美しさを目の当たりにできる価値ある機会をアメリカのコミュニティに提供し、二つの文化を結び付けたいという思いでもある。私たちも、コレクションを直接見ることのできない日本語・英語話者の人たちにも楽しんでもらえるよう日英両言語でアーカイブを作りジャネルの願いを広げたい。

廣井、ジャネル、, 前田[弟子] (広井こま処前)
廣井、ジャネル、, 前田[弟子] (広井こま処前)2014年5月
10月のインタビューで、ジャネルはこう述べた『この素晴らしい工芸品の一部を所蔵する博物館なら、木工芸術職人の人生の真髄を理解できると思うわ』ジャネルの中にある、日本という国や廣井氏から教わった伝統芸術への深い尊敬の念と愛情がこのコレクションを通して時間も文化もコミュニティをも越えて輝いている。

※”What can I do with a B.A. in Japanese Studies?”(日本研究の学位があると何ができますか?)は日本研究をしている学生や日本研究に関わったことのある人たちが、留学・研究・仕事などを通して経験したこと、日本の文化や習慣なども含め、あらゆる情報の交換を目的として記事を提供しているブログである。

※パブリック・ヒストリーはアカデミックな歴史とは逆に、実生活における応用の歴史を保存、博物館展示、口述歴史として記録する分野の学問である。

※ホームカミングデー(Homecoming day)は学校・大学等で卒業生を招いて在学生と交流する機会を設けるイベントのこと。